アートという言葉はビジネスワードなのか!魂と心の表現!

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巷でよく目にするアートという言葉。街のあちこちで見かけます。この、アートという言葉、時にとても安っぽく聞こえることもあります。

アートとは何でしょう?国語辞典を調べてみたところ、アートとは「芸術」「美術」のことだそうです。予想どおりの答えでした。

正真正銘、本物のアーティストが、無意識にさらりと使うアートという重みのある言葉と、そうでない人が日常頻繁に意識して重みを持たせて使うアートという途轍もなく軽々しい言葉。

同じ言葉なのに感じかたが全く違います。内面と表面の差でしょうか。その重みが驚くほど反比例しています。一般人の使うこの言葉に、何故、違和感があるのでしょうか。その理由は…。

商売道具として使うアートという言葉

何でもかんでもアートと言ってしまう風潮。アートという言い方をすれば、売れそうな感じがするのでしょう。アートという言葉を商売道具として使う傾向がとても強くなっているように感じます。

そもそも収入を得るために作った物をアートというのでしょうか。それをあたかも芸術品のように言ってしまうことに違和感があります。

作品と商品の違い

表現することを目的として生み出された作品。収入を得ることを目的として作られた商品。内容が全く違います。売るためだけの物を商品。無意識の表現を作品。作品と商品は全く異なりますね。作品を表現するのか、それとも商品を作るのか。何かを意識し狙って作った物は全て商品といえるのではないでしょうか。ほとんどの場合「何か」とは収入に結びつくもの、または収入そのものです。

アーティストは作品表現しかしないという綺麗ごと

商品という作り物。しかし天才は商品を意図し、狙って作ったとしても作品になります。何故ならば、それが天才だからです。有名なアーティストであっても商品を作る人もいるのです。これは商品だ!と。

アーティストも生きていくためには、商品も作らなければなりません。才能のある人の作った物ですから、商品として作った物でさえも、高値で取引されます。本人がそれを喜んでいるとは限りませんが。

本物のアーティストの作品なら高く売れるでしょう。特に有名アーティストの作品ほど、その傾向は顕著です。しかし大きく異る点は、商売道具として作ったかたどうかです。アート作品に関しては、収入はあとからついてくるものです。本物のアート作品もいずれは商売道具として利用されることもあるでしょう。しかしその意味は、素人のそれとは全く異なるのです。

有名俳優がアートと言い切った自作の変な陶器

あるテレビ番組で有名な俳優が陶器を作っていました。自分はグルメだと言い、おしいものしか食べないし、器にもこだわっているのだよ!と言っていました。魯山人にでもなった気でいるのでしょうか。

その俳優は陶器も好きらしく、アートを作ると言って、粘土をこね、ヘンテコな形のうつわのようなものを焼きました。そして出来上がった物はヘンテコな形のうつわのような物。

それを彼は「どうだアートだろ」「これがアートなんだよ」「なんでもいいんだよ」と得意気に言ってました。どう見ても、高評価を狙って作ったけど失敗した自己満足のゴミ。アート作品だと思っているのは本人ひとりだけ。ただのゴミ。単なるゴミ。

似たような陶器作品を想像して作ったのでしょう。どこかの陶器美術館に展示されていた作品を、自分の低レベルなセンスを信じて作ったのでしょう。その俳優が作ったゴミから感じ取れるものは何一つありませんでした。このようなゴミをアートとは言いません。単なるゴミです。ねんどのゴミです。粘土がもったいない。

アートの定義

アートから感じとれる物は魂です。心です。目に見えるものではありません。見えないものを作品として表現する人がアーティスト、作品化されたものがアートなのです。

作者が何かを表現しているのです。何かを…です。心に感じたことを表現する。それは言葉だったり、絵だったり、文字だったり、写真だったり、音楽だったりするのです。アート表現は特殊な能力なのです。

日々普通に何の不自由もなく暮らせる人にはアート表現はできません。なぜなら、普通でいられるからです。そうじゃない人は、自分を表現するための手段が必要なのです。それがアートなのです。アートとは特殊な能力なのです。魂の表現なのです。心の表現なのです。

美術館は感性を磨く場所

現代美術館が好きでよく行きます。無心で行きます。無心で作品を見ます。アーティストと呼ばれる人の作品から、何かを感じるために行きます。岡本太郎、草間彌生、奈良美智、棟方志功、寺山修司、宮澤賢治、ゴッホ、シャガール、ピカソ、クリムト、フェルメール。特殊な能力で魂を表現した物。それがアート作品です。作者の心が反映されているのです。

身近にもあるアート作品

無意識に書いた子供の絵も立派なアート作品です。上手に描くことを意識せずに描いた絵のことです。世間一般に上手な絵とは、写実的な絵を指すことが多いです。そして小学校の先生も含めて、大人は子供にもそれを求めます。子供に「ねらって描くことを教えだすのです」。それを教えられた子供は「ねらって描くようになります」。狙って描くと高評価だからです。褒めて貰えるからです。評価だけが気になるようになるのです。そして狙った絵しか描けない人になります。それが大人です。悲しいかな、心を表現することができなくなります。幼きあの日、あなたも表現者だったのです。小さなアーティスト達は、感性を失いそして大人になってゆくのです。

成長とともに消えてゆく表現手法

やがて成長し、理性も芽生え、言葉を使い、他人とコミュニケーションをとり、常識を理解し、大人になり、日々の不自由さも消え、普通に生きていくことができるようになる。その代償として、幼き頃の感性は消えるのです。魂の表現、心の表現をせずとも生きることができるため、魂を表現する必要もなくなり、成長とともにそれは消えてしまうのです。

貴重な存在

大人になって消えてしまう魂と心の表現手法。でもそれが消えない人達もいます。それがアーティストなのです。この世で貴重な存在なのです。子供の心のまま、感じたものを純粋に表現できる人。そしてその表現されたものは、再現することのできない奇跡という名のアートなのです。




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